【織田信成】モラハラ・嫌がらせで監督辞任はかわいそう!関大コーチ後任は72歳の母親!?

2019年9月29日にフィギュアスケートの織田信成(織田くん)さんが自身のブログで『関西大学アイススケート部監督の辞任理由』について、『嫌がらせ』や『モラルハラスメント(モラハラ)』を受けていたことが原因だと公表したことが話題になっています。当初、大学側の公表では『織田信成さんの多忙が原因』と公表していましたが、これは大学側がモラハラや嫌がらせの事実を隠蔽しようとしたのではかと思わざるを得ません。

今回は、織田信成さんが関西大学で受けたとする嫌がらせとモラハラとそれを隠蔽しようとした関西大学に対する反応についてご紹介していきます。

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【織田信成】モラハラ・嫌がらせで監督辞任はかわいそう!

織田信成さんが関西大学の監督を引き受けたのは、2018-2019年シーズンからです。

もともと関西大学出身の織田さんは、自身のスケートでの活躍を関西大学のおかげと感じており、遠征費などの移動費だけ受け取り、指導料は一切もらわずにコーチをしていたそうです。実質的にはボランティアのようなものです。

それでけ母校へ恩返ししたい気持ちが強かったのでしょう。

しかし、1年間の指導を終えて、2年目に入る直前に『体調』を崩します。

そして、その理由は多忙によるものと考えられていましたが、実は関西大学での嫌がらせやモラルハラスメントを受けていて精神的に追い詰められたことが原因だったそうなのです。

その後、3ヶ月間も精神的なことを理由にアイスリンクに訪れることができなくなり、『指導を受けること待っている生徒もいるので、嫌がらせやモラハラの原因を調査して下さい』と弁護士同席のもと大学側に要求したそうですが、大学側はいっさい対応しなかったとのこと。

結果的に、監督を遂行することが難しいと判断し、2019年9月に辞任を大学に伝えました。

ところが、大学側は『辞任理由』はあくまでも織田信成さんの多忙が原因と発表し、あたかも織田さんが監督業を投げ出したとする発表をしたのです。

この大学の対応に、織田信成さんも納得がいかず、今回自身のブログで『日本語』と『英語』の2ヶ国語で『監督辞任』の真実を語るに至ったそうです。

応援して下さるスケートファンの皆様、

スケート関係者の皆様へ

本当は楽しい事を書くこの場で、またこの時期にこのようなご報告をしなければならない事をどうかお許し下さい。

関西大学アイススケート部監督辞任について、一部事実とは異なる報道がありましたので、自分の口から説明させて下さい。

多忙を理由に監督を辞任したわけではなく、また関西大学との話し合いの場で「多忙で監督として十分な時間が取れない」とは一言も話していません。

辞めた本当の理由は、リンク内で私に対して嫌がらせやモラハラ行為があり、その影響で今年春頃から体調を崩すようになり、辞任するまでの3ヶ月間リンクに行く事が出来なくなった事とそれに対する関西大学の対応が誠意あるものに思えなかったからです。

今回の件で、7月に弁護士の方もふまえて関西大学と話し合いを行いました。

関西大学が調べて報告をあげるという事で結論に至り、そこから2ヶ月待ちましたが、誰がどのように調べているのかわからず、また結果報告もありませんでした。

報告を待っている間も指導を待っている生徒がいるので、なんとかリンクに戻れる環境にしてくれないかお願いしましたが、実施されないまま、このままでは何も変わらないだろうと半ば諦めた気持ちで、監督の職を辞する決意を致しました。

他の仕事への影響もあり、体調が優れないまま監督を続ける事は私にとって厳しいものでした。

関西大学が私に対して引き続き指導を頼んだ旨の記事がありましたが、そのような事はなく、辞める時は大学側に辞意を伝えるとすぐに承諾されました。現役時代にはリンクまで建設して頂き大変お世話になったので、最後に学長への謁見を希望し辞意を伝えたいとお願いしましたが、その時は1ヶ月先まで学長のスケジュールが埋まっていて忙しいという理由で、直接会わずに辞めてもらって良いとの事でした。

またどんな理由を言って辞めても嘘になるので、前向きな言葉だけで終わらせてほしいとお願いもしましたが、大学側から「あくまで多忙が理由」と証言する記事が出ました。

指導者としての夢もあり何とかリンクに復帰できないか本気で思い悩んでいたので、このような対応はただただ悲しく辛いものでした。この件について公表する予定はありませんでしたが、辞任してから事実とは違う内容が関西大学側から発表され、精神的に耐えられず、今回自分の口で説明する事となりました。

途中で職務を投げ出す形になり、本当に申し訳なく思っています。どんな状況でもスケートを教える事がすごく楽しかったので、自分がもっと強くいられればきっとこんな風にはならなかったのだと反省しています。人前で笑う事が辛く感じる時期もありましたが、今は家族との時間を多く取り、他のお仕事をする事で精神的にも安定してきました。13年間、お世話になった関西大学たかつきアイスアリーナを去る事は大きな決断でしたが、指導者としての夢はまだ諦めていないので、オファーがあれば何処へでも行って指導できればと思います。

引用:織田信成アメブロ

このようなことが明らかとなり、ファンの間では織田信成さんが『かわいそう』などの声で溢れています。

また、関西大学がきちんと対応していないことにも批判の声が集まっていますね。

https://twitter.com/jmii_62144/status/1178476932536492032?s=20

https://twitter.com/maki__meki/status/1178471522135990273?s=20

https://twitter.com/gutara_mango12/status/1178487123348873216?s=20

https://twitter.com/ayuyu_s/status/1178487411900203008?s=20

https://twitter.com/yuyupon14/status/1178513757380571136?s=20

織田信成のプロフィール

生年月日:1987年3月25日

年齢:32歳

出身:大阪府高槻市

身長:164cm

体重52kg

織田信成の関大コーチ後任は72歳の母親『織田憲子』!?

織田信成さんが関西大学の監督を辞任したことで、選手たちの指導者が1人減ってしまったわけですが、その穴を埋める役割として噂されているのは、織田信成さんを指導してきたお母さんの織田憲子さんです。

しかし、部員をシーズン前に放り出すようなことを、織田がするはずなかった。織田が後任として引き継ぐコーチは、彼を指導したこともある意外な“大物”なのだ。その人物とは、

「織田さんの母・憲子さん(72)です。幼少期から信成さんのコーチを務め、彼が関大に在学中は信成さん専任としてアイススケート部のコーチを務めていました。今回息子さんからのバトンを引き継いで、コーチとして復帰されるそうですよ」(関西大学関係者)

引用:FRIDAY

今回、織田信成さんのお母さんである織田憲子さんが後任コーチとなることになったのには、織田信成さんなりの残してきた生徒たちへの思いもあるような気がします。

いきなり全く指導方法が変わってしまうのは、生徒たちにとっても混乱を招くことになります。

織田信成さんの指導のルーツは明らかに母親であり、織田信成選手を作ったお母さんであることから、そのお母さんから生徒たちはアドバイスを受けることは『織田流』の源流にふれることでもあると思います。

また、織田信成さんがシーズン途中で監督を辞任することになって、大学側への負担も考えてお母さんから直接、コーチを引き受ける提案をした可能性もありますね。

織田信成さんの母校へ恩返ししたいという気持ちが、志半ばで中断してしまうことになりましたが、まだ指導者の道は諦めていないと語っていることから、いつかまた母校に帰ってこられるように大学側の誠意ある対応に期待したいです。

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